料理は好きだが勝手が違う

フィリピンでの料理はお手の物だけど、日本ではお手上げ。食材も調味料も馴染みのないものにあふれているから、時に何日も徹夜をして、揚げない簡単なおかずの作り方をYoutubeで探し回ったりします。

「お昼・晩ご飯のおかずレシピ」「えのきの豚巻きオイスターソースがけ」

やっぱりYoutubeはみんなの味方。でも・・・

Youtubeによるとこの料理には「酢酒」が必要だったのですが、いかんせん私は漢字が読めないので、どうやったらスーパーで手に入れられるのかがわかりません。

仕方なく、お酢の代わりとしてレモン汁と砂糖を使いました。(同じ味になるといいんだけど・・・。)

「揚げ鶏の照り焼きソース」

美味しそうでしょう?鶏肉を揚げるのはと〜っても簡単。問題は照り焼きソース。なんでかって?

これにも「酢酒」が必要だってYoutubeが言ってるのよ!

だから酢酒ってなに!??

一体どうすれば酢酒が買えるっていうの!?お酢も知ってるしお酒も知ってる。でも酢酒って一体なんなの!??むしろそんなものがあるってこと自体知らなかったわ!

どうしようもないから、みりんを使ってやったわよ!(←もはやただの実験)

日本で生活してみてわかったこと

. 酢酒の存在

見たことも食べたこともありませんけどね。フィリピンには、もろみ酢かココナッツ酢しかありませんから。

2. 調理方法

私はフィリピンなら料理上手だけど、日本じゃムリ!

お洗濯をしよう!〜さよなら、私のくさいジャケット〜

洗いたての洋服はいい香りをさせていたいけれど、私は洗濯が好きではありません。

私の服、なんかくさい。

この秋、私は洗濯物担当のルームメイトであるShereeに、何度もTシャツやジャケットの匂いのことで文句を言っていました。

「どうして私のジャケットの袖、こんなにくさいの?」

「変な匂いがしてるし、もう一回洗ってよ」

「こんなくさいシャツ着られない!」

ほぼ毎日、シャワーのあとに洋服の匂いのことで不満を言い続けていると、Shereeは「やめてよ。あなたが文句ばかり言うから、洗う気が失せるじゃない。」と言ってきました。

けれどこの共同生活においての洗濯物は彼女の仕事ですから、彼女も結局は私の不満にも我慢しなくてはなりません。笑

なんだかんだで洗い直してくれるSheree姉さん

そのうち、私のにおう洋服を何度も何度も洗い直しているShereeがなんだか気の毒になってきて、ついに私もいくらかは自分で洗うことにしました。それに合わせて、いつもの洗剤と柔軟剤も追加で購入。

お店で購入する際、それが洗剤なのか・柔軟剤なのかを確認したとき、店員さんは確かに「そうですよ」と言っていました。でもなんとなく、彼女が私の質問を理解している気がしなくて、昔の私の生徒にメッセージで確認したんです。

ニセモノ

「これって洋服用の洗剤?洗濯洗剤なのかな?」「そうだよ!」

えーーーーーーー!こっちが洗濯洗剤ですって!

実は、Shereeはずーっと洗濯洗剤と柔軟剤を勘違いして使っていたんです!洋服の臭いの原因はこれかー!

ホンモノ

「じゃあこれは何に使うやつ?」「それは柔軟剤だよ」「ありがとう」

これでやっとあのイヤな臭いとはオサラバ。

明日から私の洋服はいい香りに包まれるはずです!

日本の気温が冷蔵庫すぎる〜弱る私と干し魚〜

まあ、なんて素敵な眺めなの!

なーんにも見えません。

なかなか慣れない日本の寒さ

日本に来て6週目になりますが、今住んでいるアパートの窓ガラスが曇るものだから、朝目を覚ますと「ここは天国なのかしら?」と錯覚してしまいます。

日本は日毎に寒さが増していきますね。まるで日本自体が大きな冷蔵庫で、私がその冷凍庫にいる気分。

幸いにも、今のところは風邪を引いたりはしていないのですが、これはきっと毎食キャベツとにんじんを食べてるおかげね。

キャベツとにんじんたっぷりのお鍋。

にんじん食べれば万事OKだと思ってたのに・・・

風邪は引いていないけれど、とある日、寒さに震えていると顔がかゆくなってきて・・。はじめはニキビかと思ったけれど、実際は発疹でした。そこからかゆみはどんどん悪化していきます。

ここで初めて、私はお昼に食べた干し魚にアレルギー反応を起こしたのだと気付いたのです。

私の救世主!

アレルギーがひどくなっていくので、近くの薬局で日本の抗ヒスタミン薬を買いました。(この時私の顔は赤みでトマトのようになっていたのですが、店員さんは効きそうな薬を探すのに苦労していました。)

次第に首や顔は感覚がなくなり、首や腕、胸まで発疹が広がりました。お母さん、助けて!フィリピンに帰りたい!

「日本=健康」の発想は短絡的過ぎた

フィリピンにいる時よりももっとずっと健康的な食事をしているのに、どうして日本に来て病気になってしまうの?

フィリピンでジャンクフードや脂っこいものばかり食べていたけれど、こんな症状になったことなんてありません。フィリピンはほこりっぽいけど、こんなにニキビができたこともありません。

どうして?どうしてなの??

フィリピンにいた頃の方が健康だった(しみじみ)

私はフィリピンで病気になることなんて滅多にありませんでした。なるとしても、年に1度だけ。フィリピンにいる頃は入院したことだってありません。

サウスピークから提供されていた医療保険だって全然使ってない。確かにアレルギー症状が出たこともあるけれど、日本でのものほどひどくありませんでした。

日本に来たら病気をすることなんて絶対にないと思っていたけれど、ニキビに吐き気にアレルギーにと、真逆の状態になってしまいました。

皆さんも、病気には十分注意してくださいね!

公園のお供

フィリピンでは、カラスは死の象徴。

私が子どもの頃、私の祖父は「もしカラスを見たら、それは誰かが死ぬということだ」と言われたものです。

日本ではそんな迷信ってあるんですか??

 

新宿御苑にはどこにでもカラスがいます。

それって沢山の人たちが亡くなるってことなのでしょうか?(これはフィリピンの迷信ですけどね。)

私はカラスって好きですよ!

カラスは鳴き声がうるさくって、毎朝私の目覚まし代わりになっていますし、休日には私のお供になってくれます。

 

私にとって、彼らは日本で最高の仲間です。

頭上を悠々と飛んでいる姿を見てるだけでも退屈しません。午後3時ごろに疲れが出てきた時だって、彼らの独特な歌声を聴いて嫌になることはありません。(まあ実際は仕方なくガーガー鳴く声を聴いてるんですけどね。)

写真の黒丸部分にカラスがいたのですが、写真を撮ろうとしたら飛んで行ってしまいました!

お供が私を置いて行ってしまったので、私はこの落ち着いた雰囲気の場所へ辿り着くまで公園を散歩して回りました。鳥のさえずりは聞こえたのですが、私の”オトモダチ”のガラガラ声は聞こえてきませんでした。

オトモダチが来てくれないものだから、寂しくなってしまいました。

ああ!どんぐりの木の下にオトモダチがいました。

一緒に写真を撮ろうと思ったけど、やめました。写真を撮ったら、多分また飛んで行ってしまうでしょうから。

それにその日は散々歩きましたから、ただ座って彼らが私の周りで飛んだり羽ばたいたりしている姿を見るだけにしました。

フィリピンの迷信のようにカラスを見て死を連想するようなことはないけれど、代わりに、私を囲む自然の生命力を感じました。

失われゆく言葉 | The Dying Language

どこかで使われていたはずの言語が消えてしまうって、考えたことがありますか?

ナショナルジオグラフィックによると、14年に1つというペースで言語が失われているそうです。あなたには関係ないって思うかもしれないけれど、他の誰かにとっては重大なことだったりします。

セブに移り住んだ部族”アティ”、彼らの現在

フィリピンには”アティ” (“アイタ”とは異なります)と呼ばれる部族が存在します。彼らは元々、フィリピン北部にいた部族です。しかし、部族民に読み書きができる人がいなかったために、彼らはだまされ、土地を奪われてしまったのです。

この出来事がきっかけで、部族のうち10名がセブ島へ辿り着くまでの間、土地を持たない海の放浪者となることを余儀なくされました。彼らは2000年からセブに定住し、10人しかいなかった部族民も100人まで膨れ上がりました。

現在浮上している問題点は、彼らの若い世代はセブで学ぶことでセブアノ語を習得し、アティ語を習う機会がないため、部族の中でもオリジナルの言語を話せる人が5人しかいないということです。彼らの若い世代にとって、本来の言葉を「おかしい」「変だ」と思うような人たちがいる土地で今日をうまく生きていくには、現地の言葉を覚える他ないのです。セブアノ語を話せないだけでいじめの対象となることも少なくありません。

部族長はアティ語存続のために奮闘しています。けれど、一体どうやって!?

失われつつある言語と救いの手

アティ族は故郷と切り離され、今ではセブ島が彼らの留まれる唯一の場所です。

セブ島が彼らに住む土地を与えますが、彼らを彼らたらしめる存在である言葉をじわりじわりと奪っていくこの土地に、彼らはこのまま暮らし続けていくのでしょうか。

とある研究チームは辞書を作ることでアティ語保存の手助けをしています。下記はその辞書の一例です。

どこかの言語が失われていくのを何もできずに見ているのは心が痛みます。ある意味で、私たちそのものがこの悲しい事態を引き起こしていると考えるだけで苦しくなります。アティ語との出会いを心に留めておくことで、私は自分の言語を大切にしようという気持ちになります。

言葉は”アイデンティティ”

私は英語教師をしていますが、私の仕事は英語を教えるということだけでなく、生徒に彼らの母国語を大切にするよう促すことでもあると思っています。私たちの母国語というのはある種のアイデンティティです。

このグローバル社会で生き残っていくために英語を学ぶことは必要ではありますが、私たちの一部である言葉を失ってしまうようなことになるのであれば、それはもはや無意味な行為となってしまうことでしょう。



Do you know that language dies?

According to NatGeo (National Geographic), one language dies every 14 days. You might not feel its effects, but some people do.

There is a tribe in the Philippines called “Ati” (They are not the same with the “Aeta”). Originally, they are from the northern regions in the Philippines. However, since all the tribesmen don’t know how to read and write, they were tricked, and their land was stolen. Because of this, ten members of the tribe were forced to become sea nomads, until they reached Cebu island. They have been living in Cebu since 2000, and from ten their population increased to about a hundred.

The problem now arises, only five people know how to speak it because the present generation is studying in Cebu; thus they acquire Cebuano language, and they did not learn the Ati language. It is the present generation’s way of surviving in an area who thinks that they sound funny and strange when they use their own language. Some of them were even bullied every time they do not speak Cebuano.

The chieftain struggles to keep the Ati language alive. BUT HOW?! The tribe was ripped off their homeland, and Cebu is the only place they have. This is the place that gives them shelter, but can they still stay in a place which is slowly robbing them of the only identity they have?

A research team helped preserve the Ati language by making a dictionary.Below is a sample.

It is heartbreaking to witness a language slowly dying. It is painful to think that in some ways we are part of the reason why it is happening. Remembering my encounter with the Ati tribe makes me cherish my own language. I am an English teacher, but I think part of my job is not only to teach English but also to remind my students not to forget their native language. Our native language is our identity, though we need to learn English to survive; however, I think our survival is meaningless if we let a part of us die; our language.